ジャニー喜多川さんエピソード!ジャニーズ由来・裏方に徹した理由・オーデション秘密・残した夢【Mr.サンデー】

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ジャニーズ事務所の創設者ジャニー喜多川さん(87歳)がくも膜下出血のため87歳死去され、今まで色々なジャニー喜多川さんの人柄がわかるエピソードが各メディアで紹介されています。

 

それを見るたび、ジャニーズ事務所に所属しているアイドルのコメントを聞くたび、素晴らしい方だったんだなぁと感じます。

 

この記事では、そんなジャニー喜多川さんのジャニーズ事務所に込めた思いを紹介されている、Mr.サンデー「ジャニー喜多川さん関係者明かす“眼力”とやり残した夢」の内容と感想をお伝えします。

 

番組内容

Mr.サンデー

「ジャニー喜多川さん関係者明かす“眼力”とやり残した夢」

 

出演

【キャスター】 宮根誠司  三田友梨佳(フジテレビアナウンサー)

【ゲスト】 木村太郎(ジャーナリスト)  垣花正(フリーアナウンサー)

 

ジャニー喜多川さんエピソード!ジャニーズ由来・裏方に徹した理由・オーデション秘密・残した夢【Mr.サンデー】

 

ジャニー喜多川さんの公開されている写真は、ギネス世界記録に認定された際に掲載されたこの写真1枚だそうです。

 

ギネス記録は、

 

「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」
「最も多くの№1シングルをプロデュースした人物」

 

こんなギネス記録をもっていたのですね。
すごいの一言です。

 

ジャニー喜多川さんの人生

 

1931年 仕事で渡米していた両親のもと日系二世として米・ロサンゼルスに生まれる

本名:ジョン・擴(ひろむ)・喜多川

ショービジネスに魅せられたきっかけ:高校の在学中にアルバイトしていたミュージカルの劇場だったそうです。

1952年(昭和27年) 日本に帰国(通訳としてアメリカ大使館で働くため)

 

ジャニーズの名前の由来

 

日本に帰国後、21歳のとき近所の少年を集め草野球チームを結成。

その草野球チームのチーム名が、「ジャニーズ」

ジャニーズの原点は”野球”にあるそうです。

野球のような ”チーム論”

ジャニーズのアイドルにはそのチーム自体に個性の違うメンバーがいて、それぞれが違う立場からチームをもりたてている。

 

”誰か一人がスターではなく、一人ひとりが輝くためのシステム”

 

そして、まとめ役のリーダーが監督とのパイプ役となっている。

 

ジャニーズのアイドルはそんな組織論のもと”チーム”となっているそうです。

 

シブがき隊・少年隊・光GENJI・SMAP、V6、関ジャニ∞、嵐、、、どのグループもその”チーム論””が活かされているように感じますね。

 

その、草野球チーム(ジャニーズ)のメンバーの少年4人を誘いつくったグループが、「ジャニーズ」という最初のアイドルグループだったそうです。

 

 

そうだったのですね・・・
知らなかった。

元々は野球少年がアイドルになったのです。

 

なぜ裏方に徹して表舞台に出なかったのか?

 

雑誌のインタビューでこう語っていたそうです。「週刊SPA!」1990年7月4日号

「ビートルズの元マネージャーだったブライアン・エプスタインがメンバーに囲まれ、ド真ん中に立っている写真がありましてね。」

「彼が完全にスターなんですよ。」

「それを見た瞬間、これじゃあないと思ったんです。」

「陰に徹しなきゃいけないって。」

 

そんな思いのもと、徹底した裏方志向に向かわせたそうです。

 

ジャニーズ事務所 オーディションの秘密

 

オーデション会場で椅子を並べるおじさんが、オーデション会場に来た少年たちにジュースを買いにいき、もどってきました。

 

そのおじさんは一人ひとりにジュースを配っていると、

 

 

と、一人の少年は「あとは僕が」とおじさんからジュースを受け取ります。

 

 

ジュースをもらい、さわやかな笑顔の少年、

 

 

きちんとお礼をする少年。

 

と、その時、初めて少年たちに、おじさんは声をかけます。

 

 

「はい、今日の集まりは終わりました。ご苦労さま」

「もう、オーデションは終わりました。ご苦労さま」

と、歌やダンスを見ずにオーデションは終わったそうです。

ジャニー喜多川さんは、自分の正体を知らせずに少年たちの素顔を観察していたそうです。

 

ジャニー喜多川さんは、

「物をもらって ありがとうございます と礼儀をわきまえないのはダメ」

「こちらが、ジャニーですって私が名乗ってからお世辞笑いをするような少年もダメ」

と、取材で答えていたそうです。

 

そして、この時の合格者は、

 

 

飲み物の手渡しを手伝った少年

 

 

「ありがとうございます」と感謝を伝えた少年

 

そして、最後の一人は、

 

 

笑顔が爽やかだった少年の3人でした。

「常に自分に素直であれ」との考えから、

人間の隠れた内面は笑顔に出ると答えていたそうです。

 

このようなオーデションは今では難しいかもしれませんが、巣の姿を見るにはこのような形が良いと思いますね。

一時の表情なら例え少年であっても作ることはできますから。

 

ジャニー喜多川さん、やり残した夢

 

ジャニー喜多川さんは、東京オリンピックに向けて、2020(トゥエンティ・トゥエンティ)というグループをつくりたいとおっしゃっていたそうです。

 

 

20人と20人、合わせて40人のグループに最終的にする。

 

今までになかった大所帯のグループ。

実現できてたら、ジャニー喜多川さんは幸せに感じたでしょうね。

 

 

本場アメリカのエンターテインメントを根付かせようとして奮闘してきたジャニー喜多川氏。

その集大成を見せるまで、あと1年でした。

 

感想まとめ ジャニー喜多川さん関係者明かす“眼力”とやり残した夢 を見て

 

ジャニー喜多川さんの家族葬はジャニーズアイランドの稽古場で祭壇はジャニーズのメンバーが仕事の合間で自分たちでつくられたそうです。

 

少年野球チームが元だったジャニーズ。

 

とても、素晴らしいチームになりましたよね。

 

最高のエンターテインメントをつくるには人間力が必要なんだと、その風変りなオーデション方法・人選基準からも感じることができました。

 

こどもたちに愛された父のような存在のジャニー喜多川さん。

 

育てた子どもたちに素晴らしい送り方をされて、きっと喜ばれていることでしょう。

 

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